インタビュー「半径 2 キロの暮らし」

 

一般社団法人「そっか」共同代表 永井巧& 八幡暁 インタビュー
Interview with the Founders of SOKKA - Takumi Nagai and Satoru Yahata

Interviewed by Ai Ito Onodera


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逗子海岸で小学生の放課後に行なっている海の学校「黒門トビウオクラブ」。

春は森を走って食べられる野草採取、夏はカヌーで名島(なじま)まで海探検に出かけ、浪子までパドリングして波乗り。秋は田越川でワタリガニを探して、冬は暗くなるまで浜で遊び、焚き火の火起こしもお手の物。そんな遊びを楽しむ小学生が、いまこの町には 80 人以上います。

そんなクラブを足がかりに、「そっか」の活動ははじまりました。仕掛け人のお二人、永井巧さんと八幡暁さんに、お話を伺います。

 
 

子どもの遊びから
地域の自然と暮らしを取り戻したい

水曜日の放課後。海からほど近いあるお宅に、車道沿いの石塀によじ登り、夢中で金柑や橙、三宝柑を収穫する子どもたちがいます。細かい棘で腕に小さな傷を作りながらも、「甘い!」「うまい!」とつまみ食い。

この町の柑橘の味を知った子どもたち(とその親たち!)は、懲りずに翌日も、収穫させてくれる家を探しました。「採りきれないからどうぞ」と快諾してくれる家も多く、大きなバケツいっぱいに、この町の柑橘を集めることができました。

お店で買うみかんより、甘さは劣るかもしれません。でも、この町にある食べ物を自分たちで収穫し、持ち帰り、砂糖漬けにして作るジュースや、その皮を煮こぼしてピールにしたおやつは、格別です。

八幡 「あれはいい風景だった。夢中で収穫して、ちょっと食べて、満足した ら子どもたちはまたすぐ別の遊びをはじめていた。そういうもんだなと思い ます」

永井 「地域の自然と人の暮らしがつながっている土地では、子どもは勝手 に遊び出す。大人が、そこにあるもので ”食べる” と ”つくる” をやっている 場所では、自然と子どもたちの居場所も生み出されますね」

八幡 「地球上の多くの場所では、今日も森から食べ物を採取して、海に出 て魚を取って、ときには動物をいただいて、という暮らしをしている。皆で漁 に出て、皆で魚をさばき、そこにある植物でカゴを編み…と、大人たちが手 を動かし、食べている。その周りで、子どもたちは勝手に遊んでいる。何もないのに、楽しそうに。人間って、もともとそういうものだったと思います」

永井「今みんな、子どもたちが外で遊ばなくなった、と言う。でも、暮らしの中 で森・山・川に入っていけなくなったのは、大人がそうした場からいなくなっ たから。自然の中に、仕事もなくなったし、暮らしもなくなってしまった。 であれば、順番は違うけれど、子どもの遊びから、地域の自然と暮らしを 取り戻すこともできるんじゃないかな」

 

世界は、いろんな土地の
暮らしの結果で作られている

秋には、子どもも大人も皆で一緒に焚き火をして、逗子海岸の海水を夜通し炊 いて、塩作りをしていました。翌日は、その塩を調味料に「この町にあるもんだけ でバーベキュー」。黒門とびうおクラブの親子や、その友人知人で 200 人近く集 まっていたでしょうか。

永井 「面白かった。民家の果樹から落ちたみかんを拾い集めるチーム、朝 5 時からカヌーで釣りに出るチーム、拾ってきたワカメでおにぎりを作ってく れたお母さん。山を歩いてとってきた三つ葉もムカゴもうまかったし、家庭菜 園の里芋は、皮まで天ぷらにして。大人がそれぞれの持ち寄ったうまいものを自慢しあって飲み食いする周りで子どもたちは勝手に遊んでて、最高だったなー」

八幡 「食いものがあれば、人はつながる。意識の高い同質な人が集まって “いいこと”をしても、大学ですごい講演をしても、結局それが終わるとばらけ ちゃう気がして」

永井 「逗子に来る前は、石垣島で特別な冒険体験を提供する事業をやっ ていたよね」

八幡 「そうね。でも、仮に年に4回、 “人生が変わりました!” というような 特別な体験を個人的にしても、その人が帰った先にコミュニティーがなけれ ば、暮らしを支える地域や社会はなかなか変わらない。石垣はいいなあ、あ なただからできることですね、で終わってしまう。だから、町でもできることが あるんじゃないかなと、実家がある逗子に来ました」

八幡 「トビウオ(のコーチ)をやる前は、知り合いもいないし、ハイランドの 公園でずっと遊んでいました。よくわからないおじさんが毎日公園に来て、 木登りしたり、秘密基地作ったりしている。特別なことは教えないけれど、一 緒に遊んでいたから関係性ができた。そのうち、話を聞いた親たちとも公園で話すようになって、ちょっとした大切なことが共有された気がする」

永井 「そう。トビウオでも、海の子ども会でも、特別なことは何もしていない 。大人も、子どもと一緒になって、本気で遊んでいるだけ。 逗子はいいなあと か、あの人だからできる、あの家の子どもは特別だから、とか、よく聞くけれ ど、子どもまでそう思うようになったら悲しすぎる」

八幡 「結局、その土地で暮らす多様な人たちが、その土地でどう生きるか ということが、大事なんだな。世界は、いろんな土地の暮らしの結果で作ら れているから」

永井「いいこと言うなあ!」

 

まあ、近くに住んでるから一緒にやるか
という態度が大事

衣食住をアウトソースするようになり、自然と暮らしが切り離されたことで、自然 とコミュニティーが希薄になりました。一方、SNS の普及で同質性の高い人が 一緒にいるのが楽だと言う癖もついています。

八幡 「そう。便利な仲間が増えた。そうではなく、あの人ちょっと変わって るけど、”まあ、近くに住んでるから一緒にやるか” という態度が大事なん だなと思います。震災が来たら、お隣さんと一緒に動かなくちゃいけない。 普段からそれをはじめてみたら?ってこと」

永井 「昔は当たり前だったものが、共通して希薄になっている。そっかの 活動も、何かを伝えることが目的ではなくて、結果として伝わったらいいと 思います。火も、小さくて着火性の高いものから燃やしていって、全体に広 がっていくから、原点は、少ない人数でも関わった人がまず楽しむこと」

八幡 「地域活動には、奉仕のイメージがあるけど、そうじゃなくて、一緒 に過ごしていく中で結果的に良い関係や環境が作られていくのかもね」

永井 「子どもたちと柑橘を収穫したら、春の感謝祭をしよう。 近所でみ かんをとらせてもらったら、みんなで仕込んだビールとおやつでお裾分け。 町の人みんなで採れるものを集めて、種まきしたり果樹を植えたりで、秋 の収穫祭の仕込みもしよう」

八幡 「太古から、人は生きのびるために食べてきている。まず食い物を 取り戻したら、遊びはその周りに動きはじめる」

 

誰でもできる、どこでもできる

黒門トビウオクラブのコーチ陣は、皆さん海のエキスパートです。八幡さんはい つも「誰でもできる、どこでもできる」と言いますが、本当にそうでしょうか?

永井 「トビウオには、いろんな大人がいるのがいいよね。寒中水泳やト レーニングが好きなストイックなコーチもいる。とにかく潜るのが好きな人 もいる。運動は得意でなくても、魚が大好きで、その世界を追求しまくって いる人もいる」

八幡 「専門家が専門のことだけをやるのではなく、なんでもみんなで一 緒にやるのがいいんだな」

永井 「そう。潜るのが得意なムッチーはダイビングの先生で、魚に詳しい モッキーは生き物の先生… そういうくくりで動くのではなくて、どんな大 人も、一緒に楽しんでいる人の一人でありたい。 みんなOKで、正解はない。それぞれ海が好きで、自然が好きで、子ども たちのことをめっちゃ愛している。それでいい」

八幡 「自分は、トビウオでは専門的なことなどやってないしね。寒い寒い、 濡れたくないって言って海に入らないし、しぶしぶ走ってる風だし(笑)。子 どもにも、その親にも ”はちべえ(八幡さんの愛称)、ダメだね” って言われ てるけど、それを許してくれる懐の深さがいいよね」

永井 「それが良かったよね。子どもたちはみんな、はちべえは仕事もな いし、靴も持ってないと思ってる。でも、銛一本でどんな魚も採れるって、す っげー尊敬されてる」

八幡 「自分たちの場合は場がたまたま海だっただけで、やっていること はここにあるもので遊ぶ、誰にでもできることばかり」

永井 「よく、現代社会には 3 つの間がなくなった、と言います。仲間、時間、 空間。海には、それが無限にある。ワークショップや学校では、それが作れ ない。 ゴールがない時間をどれだけ大事にできるか。そんなことしてどうなる の?早くまとめなさい、を、どれだけ子どもの時間から外せるか、ってこと だよね」

八幡 「子どもも大人も集まって、自分の好きなことで本気で遊ぶ。みんな で集まって、そこにあるものを食べる。 そんな場所と時間の共有が、暮らし を作っていくと思っています」


かつて、地域の自然と人の暮らしの交わる場所に、子どもの遊び場がありました。

自然と暮らしが切り離されたことで子どもの居場所がなくなったのなら、逆に、子どもと本気で遊ぶことで、自然と暮らしをつなぎ直すこともできる。

それは、誰でも、どこでも、はじめられること。

そんな楽しくて美味しい挑戦が、今、この町ではじまろうとしています。

(聞き手:伊藤 愛)